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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

占守島の戦い

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米英連合国との終戦の仲介をソ連に頼んだ鈴木貫太郎内閣とそれに同意した帝国海軍に陸軍は驚いて不満を持っていたが、やはり陸軍のソ連がどういった国であるのかが的中した瞬間でした。「火事場泥棒」を国是とするソ連が、日本が敗北しようとしているのに何の収奪物もなしにおとなしくしているはずがなかったのです。終戦になる前に獲れるものは武力の実力行使で占拠するのがソ連のやり方である。日本を占領してドイツのように割譲して欲しいのがスターリンの欲望であった。狙いは満洲樺太千島列島、そして北海道。そして既に満州樺太は現在進行形で占領中だ。アメリカ大統領トルーマンに北海道の割譲を求めたが、トルーマンは拒否し、「日本民族を奴隷化しない」と明言した。しかし、スターリンも引き下がらない。「こうなれば実力で奪うのみ」と決意した。終戦直前に日本に宣戦布告し、日本の敗戦の原因ともなったソ連軍。満州樺太に侵攻したことと同じ、ソ連軍は北海道占領という目標を目指して占守島に上陸攻撃を仕掛けてきた。そのソ連軍による作戦計画の概要は、「八月十七日日夜占守島北東部に奇襲上陸し、主攻を小泊岬から片岡方向に指向し、十八日日没までに片岡海軍根拠および全占守島を占領する」という方針の下に、約一個師団基幹の人員8363名砲迫218門よりなる上陸部隊と、総数54隻からなる艦艇部隊で編成された部隊により、占守島上陸作戦が開始されたのです。その後、上陸したソ連軍を完膚なきまでに叩き、千島列島の最北端の島を死守した。

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