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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

二十一回猛士

松陰も号でありますが、松陰はこの「二十一回猛士」の号も好んで使いました。これは、その由来を書いたものです。自分の生涯に「二十一回」の「猛」を発する行為をするというわけであります。すでに上記の三つの罪(東北脱藩旅行、無資格で藩主に上書、下田密航)を犯したが、まだ十八回も残ってます。今後、大八洲(日本)のために、身を挺して尽くす勇気ある行動を起そうという決意の表明なのです。
憂国の志士と言われる一端が垣間見えるようで、大変面白いと思います。
結局はこの三度の「猛」を発した行動で生涯を終えるのであるが、こうした心意気をこめた行動を、藩も幕府もこの国難(夷敵からの植民地化の可能性)に存亡をかけて立ち向かう気力もないため、松陰の晩年に「藩も幕府もいらぬ、ただこの六尺の微躯が入
用」という結論に達した時に、幕府から呼び出され、「安政の大獄」の最後の犠牲者として処刑されてしまいます。

 

「二十一回猛士の説」

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吾れ庚寅の年を以て杉家に生まれ、已に長じて吉田家を継ぐ。甲寅の年罪ありて獄に下る。夢に神人あり、与ふるに一刺を以てす。文に曰く、二十一回猛士と。忽ち覚む。因って思ふに、杉の字二十一の象あり、吉田の字もまた二十一回の象あり。吾が名は寅、寅は虎に属す。虎の徳は猛なり。吾れ卑微にして孱弱(せんじゃく)、虎の猛を以て師と為すに非ずんば、安んぞ士たることを得ん。吾れ生来事に臨みて猛を為せしこと、凡そ三たびなり。而るにあるいは罪を得、或いは謗りを取り、今は則ち獄に下りて復た為すこと能はず。而して猛の未だ遂げざるもの尚十八回あり、しの責もまた重し。神人蓋し其の日に益々孱弱、日に益々卑微(ひび)、終に其の遂ぐるの能はざらんことを懼る。故に天意を以て之れを啓きしのみ。然らば則ち吾れの志を蓄へ気を併する、豈に已むことを得んや。