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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

敦盛

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平清盛の甥で、兄に能『経政』の平経正がいます。一ノ谷合戦で、熊谷直実に討たれます。

時に16歳(17歳とも)。五位で官職はなかったので「無官の大夫」と呼ばれていました。おそらく元服直後に都落ちすることになったかのでしょう。合戦以前の敦盛を語る記録はほとんど存在しません。
敦盛の享年にちなんだ「十六」という能面が存在し、『敦盛』のほか『経政』『朝長』などに使われてます。

武蔵の国の住人、頼朝が挙兵した時には、平家方でしたが、他の武者同様、源氏に加担するようになりました。勇猛果敢で、短気・その上、情に脆い、典型的な板東武者です。
今回、彼は義経に従って、出陣しましたが、組織的な戦いを基本とする、義経の戦法は、彼のお気に召さず、昔ながらの、「やあやあ遠からん者は、--」式の、1対1の戦いがしたくてなりません。その夜、息子と共に、陣を抜け出して、一ノ谷の西木戸に回りました。先陣の功名を挙げんと、明け方に、平家の陣に向かって、名乗りを挙げましたが、相手にされず無視されて、結局先駆けは、見事失敗に終わりました。
今度こそ功名をとて、挑んだ相手が敦盛です。直実の心中乱れ、複雑な戦いを強いられました。それが、出家する原因にもなったのです。
滑稽さと、空しさ、哀しみを織り交ぜた、不思議な彼の人物像が、物語を読む内に展開されます。

 

平 敦盛

平安時代末期の武将。経盛の子,清盛の甥。従五位下に叙せられたが,無官であったので,無官大夫と呼ばれた。寿永3=元暦1 (1184) 年2月一ノ谷の戦い源義経の奇襲に敗れた平氏軍とともに海路西へ逃れるとき,義経軍の武将,熊谷直実に討たれた。