歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

天狗党の乱

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幕末、外国からの圧力が強まる中、「攘夷」の実行を幕府に迫るために決起した者たちがいました。 水戸藩浪人たちを主とする一団で藤田小四郎(藤田東湖の四男)を中心に62人で決起いたします。武田耕雲斎なども合流し首領として指揮を執ります。元治元年(1864)筑波山に挙兵した彼らを天狗党といいます。最盛期には集まった人数が3000人にも達しました。 幕府からの天狗党討伐命令は水戸藩にも下ります。諸生派を中心とする勢力が藩兵として幕府軍とともに天狗派と戦いました。天狗派と諸生派は、時代の変革期にそれぞれが国の未来を考えながら、異なる立場に立つことで 戦いを繰り返しました。幕末から明治にかけて、水戸藩内には抗争の嵐が吹き荒れたのです。胸が痛くなるようなこの泥沼の抗争は、水戸にとって大変不幸なことでした。352 人が敦賀(福井県)で処刑 された天狗党の悲劇です。戊辰戦争北越で戦いその後八日市場で最期を迎えた諸生派 の人々もおります。足かけ五年間におよぶ水戸内部と外部での争いで有為な人材は水戸からいなくなったとさえいわれています。その後、尊王攘夷運動ではもっとも貢献した水戸藩から維新後に明治政府高官になった人物が少ない所以なのかもしれません。