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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

日露戦争から大正デモクラシー

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日露戦争は史上初の総力戦でありました。日清戦争をはるかに超える規模で行われ、軍事面だけでなく、支援する国内体制の整備が必要とされたのです。地方の各種団体はあらゆる面で国策に動員されることとなり、臨時軍事費はその約83%が公債、借入金でまかなわれ、日清戦争期の13倍以上の約18億8,000万円もの公債が発行されました。この約半分は国内で発行されたが、戦費の調達は非常特別税といわれる租税増徴によってもまかなわれたのです。そのため国民に対しては納税義務の重要性が述べられ、地方の団体には徴税機能の強化が指示されました。国民の負担は金銭面のみならず、兵士として出征するという大きな負担があり、こちらも日清戦争をはるかに上回る規模の兵士の動員が行われたのです。当時の国民意識には、戦争時、政府の「国民一致」・「挙国一致」のスローガンのもと協力して苦難に耐えた国民の要望に政府は応えるべきであるという、見返り意識がはたらいていました。そのため講和条約交渉時の秘密主義は文明国としてあるまじき国民軽視の姿勢であり、日比谷焼き打ち事件における国民要求の無視、言論抑圧などは許すべからざる「非立憲」行為であったのです。政府にとっては、ロシアのように国家と国民の利害関係が一致しなくなり、暴動が起こったということは大きな驚きでありました。こうして民衆運動は「非立憲」政府を打倒するという民主化運動の方向へと進み、そのエネルギーが「大正デモクラシー」へとつながっていくのでありました。