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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

上村彦之丞の武士道と大和魂

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1904年 8 月 14 日、第 2 艦隊司令官である上村彦之丞提督(写真)は、蔚山沖でウラジオ艦隊(リューリック、グロモボイ、ロシア)を捕捉し、双方の激しい海戦の末、巡洋艦リューリックを撃沈、ほか 2 隻を大破させました。
日本にとって、ウラジオ艦隊は、陸兵の乗った常陸丸などを撃沈した恨みのある艦隊でありました。しかし、ロシア兵 600 余人が、海に投げ出されたのを見た上村司令官は、「彼らを全員救助せよ!」と命じ、救助されたロシア兵は、皆、涙を流して喜んだといいます。また、上村司令官は、救助したロシア兵に対し、部下が復讐の念をもって虐待行為をしないよう、各艦に「捕虜を厚遇せよ」と重ねて命じます。そして、参謀の佐藤鉄太郎中佐に現場を見に行かせます。佐藤中佐が捕虜の現場に行くと、負傷して横たわるロシア兵に対して日本の水兵達が、真夏の猛暑の中で、周りを取り囲み扇子を開いてあおいでおり、佐藤参謀に水兵が「こいつらは憎い奴ですが、こうなったらかわいそうです」と労わっていました。この状況報告を受け、上村は心から安心し喜んだといいます。これまで西洋諸国にはできなかったことを、日本が実践して示し、世界は武士道の鑑として、賞賛を惜しまなかったのであります。このときの状況を歌った軍歌「上村将軍」は、長く日本海軍将兵に愛唱され
ました。