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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

金子堅太郎と日露戦争

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日本政府が日本銀行副総裁高橋是清を外債募集のため欧米に派遣すると同時に、当時の枢密院議長伊藤博文は日本の戦争目的広報のため貴族院議員金子堅太郎を渡米させました。ハーバード大学を卒業し英語にも堪能で米国に知己も多かった金子堅太郎は、対外的にセントルイス万博の視察と米国全般における農工商業等の産業の現状についての研究を来米の目的に掲げていたのです。金子堅太郎は、米国に到着した直後に記者のインタビューで日本人の平和的性質の証拠として、セントルイス万博への参加を挙げて次のように述べました。従来日本が外国博覧会に出品したものよりも、遥かに品種も品数も多く出品した日本の行動と万博への参加を中止したロシアとを比較して、どちらが文明国家かと疑問を呈しました。さらに、3月19日のニューヨークでの最初の記者会見では、日本がロシアに対して止むを得ず戦端を開いたこと、日清戦争後の三国干渉から日露戦争に至るまでのロシアが東洋平和の撹乱者であったことを説明しました。「ロシアを打ち負かすことは≪Yellow Peri1≫と称される50年間の啓蒙を無効」にし、日本が欧米にとって脅威でないことを証明できると訴えました。アジアの国々は、世界の中で誇り高い文明国の一つになろうとしている日本に続こうとしているのであり、今回の戦争は、単に日本の問題ではなくアジア全体の希望でもあると、米国国民に日本の正当性を訴えました。金子堅太郎は米国各地で演説会を行い、新聞や雑誌に寄稿するなどして、米国の支援を得るために積極的に広報活動を展開して大和魂を発揮し、日本の国益を米国の世論を味方にする活動を元に守ったのです。

平和の祭典であり直接的異文化交流の場であるセントルイス万博は、日本の実情を正しく米国へ伝えると同時に米国の日本への感情を調べる最適な場所でありました。金子堅太郎は何度もセントルイス万博を視察し、日本に詳細な報告書を送り、新聞記者の求めに応じて日露戦争について日本の立場を繰り返し説明したのです。「この戦争は長期的な流血戦争になるだろうが、日本の成功の上に、ロシア以外のキリスト教と貿易通商の成功がかかっており、極東においては、日本自体の自治権もまた同様にかかっている」彼は、日本の勝利はロシア以外の国々への利益になることを明言した。日本政府の公式外交とは別に、さまざまな立場でセントルイス万博を訪れた日本人も広報外交の一端を担っていたのです。