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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

武士道精神と近代化

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武士階級が消滅した明治期においても武士道は存続しました。旧武士階級から士族階層への変遷、また明治期における士族階層の役割・足跡を追いながら、明治日本に影響を与えた思想としての武士道についてかんがえてみましょう。江戸時代に武士の学ぶべき思想や行動などが庶民にも広まっています。幕末には裕福な商人、農民の子供たちもそのような行動哲学を学びました。明治になり、武士階級が解体され行動規範や精神は残りましたが、西欧化、近代化の波に日本はもまれていきました。明治政府が目指すその中央集権的国家体制は江戸期の幕藩制を根本から覆すものとなり、その制度的変革を推進する過程において地方に割拠する藩は解体されたのです。その結果、四民のトップであるという身分や権限・俸給等は新政府から否定され、武士という階級は消滅しましたが、武士階級は士族という族籍にそのまま移行しました。その後下級武士や足軽身分の多数は平民へと吸収され、以前は平民であった者が士族へ編入されるなどの変化もあり厳密には武士階級イコール士族階層とはなっておりませんが、士族の大部分は旧武士階級と重なります。明治維新へと繋がる幕末における武士の思想の変化と武士階級の消滅の経過、明治初期の士族の社会的地位などを考察してみます。幕末における武士の思想の変化まず水戸学派の尊皇思想及び国体論が挙げられます。水戸藩の思想家、会沢正志斎は列強が日本に対して開国をせまった危機の時代に、日本いかにあるべきかの基本方針を天皇ナショナリズムにもとづき展開した。攘夷主義の台頭に国民主義の萌芽を見るとの説もある。幕府の開国主義はあくまでも幕府の利益・存続を根幹においており、反対に攘夷思想は反封建的ではなかったものの、反幕的雄藩によって行われた国民統一へとつながった点において歴史的意義があるとしていおります。さらに貨幣経済の浸透により武士の経済行為自体への積極的関与が見られるようになったことも思想変化のひとつです。儒教精神においては武士が商行為に関わることはタブーであったのです。しかし外国勢力の脅威への具体的な対応策としての国防論・富国強兵策を推進するにあたって経済政策への提言が行われるようになった。当然このことは体制の制度的改革を促進することになる。また国内経済政策の破綻により下級武士の困窮は甚だしく体制内の不満分子として幕府解体の力の源となっていくのです。