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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

原爆投下計画

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1945年8月13日に行われたアメリカの軍事専門家らによる交渉をまとめた資料はより強力な三回目の攻撃のための原爆用材料がマリアナ諸島にほぼ集められ、8月19日に用いられる可能性があった事を裏付けている。さらなる12回の攻撃用に原爆製造の準備がなされ、米国は日本が降伏するまで原爆攻撃を続ける計画だったのです。米国の特別軍事委員会は、京都や横浜、小倉、新潟さらには東京も標的にしていたと見られており、専門家らは、原爆攻撃の効果を詳しく研究したいと考えていた為、まだ通常爆弾での攻撃により大きな被害を受けていない、諸都市を選定したのです。東京は既に空襲により著しい被害を被り、東京大空襲では10万人もの市民が亡くなっていたが、特別軍事委員会は、標的のリストから決して除外はしなかったのです。しかし、8月15日日本がポツダム宣言を受け入れるかたちで降伏したため、原爆の中身などは、爆弾完成のため米国本土からマリアナ諸島へ送られる準備ができていたにもかかわらずその生産は中止となったのです。