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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

西郷隆盛と陽明学

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明治新政府樹立後、九州での萩など佐賀、そして神風連の乱が熊本で相次いで勃発しましたが、これ以外にも全国的に新政府に対する不満は日を追うごと増し、このまま続けば、いかに新政府といえども押さえられないような状態になるのは明らかな状況でした。城山で終焉した”西南の役”を境に武士の不満が完全に息を潜め、新政府は殖産興業の育成と軍備増強に注力することができたのも事実であります。西郷は、周りからは天敵と思われた大久保利通が主導する新政府の行く末をも案じたのは勿論のこと、まだ見ぬ日本の未来のために我が身を天に任せました。更に、西郷は早くから北方の脅威といつか必ず一戦交えることを予測し、そのためにいろいろと準備も整えています。朝鮮との間に信頼関係を築くこともその一つでした。彼の予想は死後27年目の日露戦争で現実のものとなりました。もし、西南の役がなければ政府軍は後の、日清、日露には勝利できていませんでした。西郷が35歳の時(1862)、薩摩の沖永良部島へ流罪となりますが、1年6ケ月牢獄生活は、西郷にも、王陽明に突然雷が落ちたような衝撃を与え、己自信が宇宙と一体である悟りと同じような体験をさせます。王陽明西郷隆盛の体験は言葉では説明不可能ですが、西郷のこの体験が理解できなければ、どんなんに後世の書物が西郷のことを書こうと、西郷の実像に1ミリたりとも近づくことができません。このような理由から、歴史は今なお、西郷を、”不思議”、”大物” という言葉でしか表現できな いのです。西郷の沖永良部での体験は、一見人知を超えたもように聞こえますが、それは遠い昔に人類が忘れてしまった真実。即ち、宇宙の法則そのものが人間(として表現されている)であり、同時 に、これまで宇宙の法則を歴史が”神”と呼んできたことでした。この時、西郷は、人類がとんでもな い可能性を内に秘め、且つ、崇高な存在であることを知らされとても大きな衝撃を受け、多くの感激 の涙を流しました。陽明学は全てを一体として捉えます。特に殆どの経営者たちは、例外なく、日々の日常生活と企業経営は別物と考えますが、陽明学を基本とすれば、日常生活と事業経営の時間は共に一体であり、別々に分けられません。日常生活も経営もただの技術の一つなのです。また、陽明学西郷隆盛始め、大塩平八郎、吉田松蔭、更には、クリスチャンの内村鑑三や政界の指南役と呼ばれた安岡正篤らが学んだほか、幕末の志士たちにも人気があり、2.26事件などの政府転覆の機運が高まる時代には、不思議と陽明学を心の拠り所とする者が増えるなど、日本にも多大な影響を与えました。