歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

大高又次郎と池田屋事件

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安政5年(1858年)に大高又次郎は脱藩し上京、梅田雲浜頼三樹三郎吉田松陰先生門下の野村和作などの志士と交流を持ち梅田雲浜宅に住み込んでいました。安政6年には萩へ赴き吉田松陰先生とも会談を行っております。この際、長州藩主が参勤で伏見に立ち寄った際に京の活動家貴族と対面させる計画を持ちかけましたが、藩重役の反対にあい計画は頓挫しています。大高又次郎はその後、安政の大獄により梅田が捕らえられたのを追って江戸に潜伏しました。梅田の処刑後で、自らにも幕府の追捕が迫ったため、浅草寺で坊主に変装して江戸を脱出しました。京都の長州藩邸に逃げ込み、その後古高俊太郎住居別棟に居住、武具・兵器の調達を担当するなど尊皇攘夷活動を続けたのです。
元治元年(1864年)6月5日、義弟・忠兵衛とともに池田屋事件に遭遇しましたが、奮戦むなしく新選組によって討たれました。(大高又次郎・42歳)明治に入ってから正五位を贈られております。