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歴史から学ぶ大和魂

歴史を紐解き、日本人の大和魂が垣間見えるエピソードをご紹介いたします。

殺された池田屋の主人

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文政6年(1823年)に生まれ、出身地は長州といわれているが不明であります。その後、京都三条通りの三条小橋西4軒目の北側に旅籠・池田屋を開業し、長州藩士の定宿となります。元治元年(1864年)6月5日の夜に起こった、池田屋事件では、御用改めに入った新撰組近藤勇を見るなり、奥の階段下まで走って御用改めが入ったことをつげ、近藤に殴られて気を失ったといいます。また、近藤隊のあとに到着して突入した井上源三郎隊・原田左之助によれば、気をとりなおして、捕縛された浪士の縄を解いて逃がそうとして、浪士ともども捕縛されたというが、家族と裏から親戚の家まで逃れ、後日捕らえられたともいう。惣兵衛と捕らえられて六角獄に入牢された池田屋手代・彦兵衛の証言では、惣兵衛は拷問にも耐えて、一切口をわらなかったといいます。しかし、それにより7月13日に獄死した(42歳)。遺体は、妻のまさたち家族が密かに浄円寺に埋葬したといいます